【偉人の雑学】表には出せない、野口英世の裏面【借金大王】

偉人の雑学

野口英世の表面

野口英世といえば、千円札の肖像画になっていることで老若男女あまねく知られる存在の人です。
ただ、具体的にどんな人かは良く知らない人も多いのではないでしょうか。

左手のハンデキャップの克服

野口英世は1歳の頃に囲炉裏に落ちて左手を大やけどし、それぞれの指が癒着して動かなくなってしまいます。16歳の頃、教師やクラスメートの募金により手術を受けることができ、不自由ながらも左手が動くようになり、このことに感動して医学の道を志すようになります。

当時、ただでさえ貧しかった会津地方の貧乏農家の倅が進学しているくらいだから、相当優秀だったことは間違いなさそうです。

黄熱病の研究

野口英世はアメリカのロックフェラー医学研究所に在籍して研究者となっています。
当時のノーベル生理学・医学賞の受賞候補にも3度挙がっています。
日本における恩人がアメリカを訪れた際に大統領へも面会させることができたくらいなので、アメリカでも相当な名声を得ていたことがわかります。
教科書などでは枕詞のように”黄熱病の研究で知られる”と書かれています。

千円札の肖像画

2004年から千円札の肖像画に採用されました。
ちなみに日本におけるお札の肖像画になる要素は以下の2点です。
 1.教科書に登場するなど一般的によく知られている人であること
 2.偽造防止の目的から、なるべく精密な人物像の写真・絵画を手に入れられる人物であること

確かに野口英世は両方とも満たしています。
ってか、個人的には前任の夏目漱石に引きずられてませんか?って気になってました。
フサフサの髪と髭があることを前提に探してやしませんかと。

そういえば、次の千円札の肖像画になる北里柴三郎も、フサフサの髪と髭が・・。

野口英世の裏面

野口英世はアメリカの研究施設において「日本人はいつ寝てるんだ」と言われたほど熱心に研究していたことですっかり真面目なイメージですが、実際の野口英世はとんでもない人物像を持っています。

改名するために

野口英世は元々は野口清作という名前でした。
21歳の時に改名したいと思い立つのですが、その理由は小説の登場人物と名前が似てたから。

その小説は坪内逍遥の”当世書生気質”です。
登場人物である野々口精作は自堕落で素行の悪い医学生として描かれており、当時同じく医学生だった野口清作は、自分がモデルのように思われたら都合が悪いと考え改名を希望するようになります。

ところが、現代に比べておおらかだった明治時代でも改名は大変なことでした。
もちろん小説の人物と名前が似ていて嫌だからでは通りません。

そこで彼の弄した策とは・・。

よその村から別の清作さんを探し出して、野口家の養子とすることで、同じ村に野口清作が2人いて紛らわしいという状況を作り出すことでした。

すさまじいわがままっぷりです。
相談を受けた恩師が村長に相談して実現したそうですが、恩師なら諭せよと。

借金の天才

野口英世は酒好き女好きでした。
金があればあるだけ遊郭に入り浸り、無くなれば知人に借りてでも遊び続けるような放蕩人。

のちに借金の天才と呼ばれるほど、要領と話術で借金を重ねていたそうです。

しかも返した形跡が無い。

会津若松の恩師から大金を借りて上京するも、わずか2か月で遊びに使い果たし、知人(血脇守之助)の勤務する病院の寄宿舎に泊まり込むようになります。
さらに勉強するための費用を借りようとした血脇守之助が、お金が足りないと言うと「院長に昇給を交渉してこい」という始末。

その後も、仕事が認められて国家から国際防疫班として清国へ派遣されることが決まるも、支度金を全て遊びに使い果たして血脇守之助から借りてようやく出航。

この仕事では大きな報酬を得ていたそうですが、すべて遊郭で使い果たして翌年の帰国後には会津の恩師にアメリカへの留学費用の借金を申し出ています。

が、さすがに断られました。

渡航費用の捻出は結婚詐欺

アメリカ留学を諦めない野口英世。

箱根で出会った女学生に求婚をし、帰国したら結婚するからと婚約の持参金として得た300円を元手にアメリカ留学に向かいます。

が。

出航する前に横浜の遊郭で豪遊してしまい、300円を一晩で使い切るという暴挙に出ます。
当時300円といえば今の貨幣価値で600-700万円くらいでしょうか。
この時も血脇守之助に泣きつき、血脇守之助自身が高利貸しから金を借りて野口に渡したということです。

ちなみに、野口英世はのちにアメリカでアメリカ人の女性と結婚しています。
留学費用まで用立ててくれた女学生とは「顔も醜く学もない」などとして結婚を引き延ばし続け、さらに留学費用を無心するなどまさに傍若無人。
結果、女学生の実家側が折れて婚約が破談となったということです。

婚約の際に支払った支度金の300円はまたしても血脇守之助が返済しています。

前述の当世書生気質は野口英世が9歳の頃に刊行されており、野口英世がモデルというわけではありません。

なんなら野々口精作の方がよっぽどまともです。

以上、教科書には出てこない野口英世の裏面でした。
医学界への貢献度は高いんでしょうけど、伝記などを読むとこんなことには全くと言っていいほど触れていません。

少なくとも肖像画になるような聖人君子ではなさそうです。

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