【雑学】夏の甲子園、奪三振記録はあの有名人!高校野球の豆知識

雑学

そもそも夏の甲子園って何?

ギラギラの太陽のもと、こんがり焼けた高校球児たちが全力で野球をしている姿と、彼らの織りなすドラマは毎年の楽しみです。
プロ野球とはまた違う、金属バットのカキーンといった澄んだ打音も気持ちのいいものです。

ところで、そもそも甲子園とはどんな大会なのでしょうか?

高校で部活をやっていた人なら、そのほとんどが夏のインターハイを目標にしてきたはずです。

そういえば野球のインターハイって聞いたことがありません。

高校野球にインターハイは無い

これは、高校野球を総括している団体が高野連(日本高等学校野球連盟)で、インターハイを総括している団体が高体連(全国高等学校体育連盟)であることに起因します。

高野連は高校野球のみを管轄していて、高体連は様々なスポーツの大会を主催しているのです。

さらに言えば高野連のほうが高体連よりも設立が古く、高体連は野球を取り扱っていないのです。そのため、野球にはインターハイという大会が存在せず、高校球児の目指す最大の大会が甲子園大会というわけです。

夏の甲子園大会の記録

ブログのタイトルが話のネタ帳なので、パッと人に話せる甲子園大会の記録を調べてみました。

奪三振王 板東英二

夏の甲子園大会で、一番多くの三振を奪った投手が、現在タレントの板東英二です。

第40回大会に徳島商業のエースとして出場した板東英二の大会記録は以下のとおりです。

第40回大会
・2回戦 秋田商 17奪三振(9回)
・3回戦 八女 15奪三振(9回)
・準々決勝 魚津 25奪三振(18回)
・準々決勝 魚津 9奪三振(再試合・9回)
・準決勝 作新学院 14奪三振(9回)
・決勝 柳井 3奪三振(8回)

特筆すべきは準々決勝で、延長18回を1人で投げ抜いたあげく、0対0のため引き分け再試合となったのですが、翌日の再試合も完投勝利しています。

結果、大会を通じて83奪三振、準々決勝で記録した1試合25奪三振の記録は、60年近く経った今でも破られていません。

ただのおもしろいおじさんではなかったんですね。

本塁打王 清原和博

夏の甲子園で一番ホームランを売った打者が清原和博です。

夏の甲子園通算で9本のホームランを売っているという通算記録ですが、当時所属のPL学園はエースに桑田も要しており高校野球界の花形でした。

激戦区の大阪予選を勝ち抜き、春2回、夏3回と出場できる全ての甲子園大会に出場した結果なので大会あたりの本塁打数は少ないようにも見えますが、1試合に3本塁打の記録を持っているのも清原の他には現在中日の平田良介選手のみです。

プロ入りしてからは球界を代表するスラッガーに成長したのは周知のとおりですが、じつは本塁打王・打率王・打点王の主要タイトルは1度も獲ることができなかった無冠の帝王としても有名です。

もちろん、そのスター性や勝負強さでファンの人気は絶大で、記録よりも記憶に残るスラッガーでした。

最多勝利王 桑田真澄

夏の甲子園大会通算14勝を挙げて最多勝利の記録を持つのが、PL学園KKコンビの片割れ、桑田真澄です。

そもそも投手の勝ち星は自分ひとりで達成できるものではなく、打者の援護も必要です。

激戦の大阪予選を勝ち抜き、夏の甲子園だけでも3回連続出場するような強豪校で、1年生時からエースとしてマウンドを任され続けられるような怪物投手。それが桑田です。

さらに驚くことに、桑田の誕生日は4月1日と究極の早生まれであり、高校1年生とはいえ、実質中学3年生に近いような生まれでの偉業です。

珍記録 ノーヒットで勝利

最後に、夏の甲子園大会で最も安打数の少なかった試合を紹介します。

1953年夏の1回戦、慶応高(神奈川)-北海高(北海道)の試合です。

北海高がわずか1安打、慶応高はノーヒットに終わったのですが、結果はノーヒットだった慶応の勝利。相手のエラーとスクイズで2点をもぎ取ったそうです。これは悔いが残ったかもしれませんね。

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